トップページ山行リスト(日付)>塔ノ岳・丹沢山・鍋割山_記録20130101


塔ノ岳・丹沢山・鍋割山

 山行日
2013年1月1日(火)・2日(水)・3日(木)  快晴    単独行
 コース
大倉(9:28)〜(10:56)駒止茶屋〜(11:25)堀山の家〜(12:31)花立(12:35)〜(12:57)塔ノ岳(13:56)〜(14:28)尊仏岩跡(14:33)〜(15:02)塔ノ岳(泊)
塔ノ岳(7:50)〜(8:11)日高〜(8:25)竜ヶ馬場〜(8:42)丹沢山(9:18)〜(9:46)竜ヶ馬場〜(10:04)日高〜(10:31)塔ノ岳(11:04)〜(11:32)大丸〜(12:13)小丸(12:16)〜(12:48)鍋割山(泊)
鍋割山(9:19)〜(10:09)後沢乗越〜(10:27)ミズヒ沢(10:33)〜(10:48)二俣(10:50)〜(11:50)大倉
 正月登山は、塔ノ岳の尊仏山荘に宿泊し、夕日、及びご来光を撮影するのが、恒例となっております。
 最近は、
   1)尊仏山荘に続いて、鍋割山荘に宿泊する
   2)塔ノ岳頂上から尊仏岩跡を初詣する
 ようになりました。
 また、今回は、久々に丹沢山まで足を延ばし、塔ノ岳〜丹沢山の稜線歩きを堪能しました。

 詳細は、下記をご覧下さい。 


<第1日>
 渋沢駅には8:45に到着。普段より、だいぶ遅い時刻だ。今日は、塔ノ岳までの行程なので、バス時刻など、何も下調べせずに改札口を出た。
 すると、2階の駅前ロータリー上から、大倉行きのバスがちょうど発車するところを見てしまった。
 こりゃ、正月早々、ツイていないな〜と、次のバスは、どう見ても15分以上は、待つだろうと勝手に解釈し、陸橋の上で雲ひとつない青空の下、表丹沢の写真を撮って時間を潰す。その後、階段を下っていくと、既に大倉行きのバスが到着していた。
 慌ててバス乗り場の時刻表を見たら、なんと、8:46の次のバスは、8:55だった。
 ....こりゃ、正月早々、ツイていた。

 大倉、9:05到着。
 上着を脱いで、軽く準備運動を実施した後、出発。(9:28)
[今回のスタート地点(大倉バス停)]

 車道から細い登山道に入っていくと、見慣れないカンバンが立っていた。(写真下)
 よく見ると、「丹沢登山の心得」とある。
 〜低山と思って簡単に考えるべからず!〜
 標高差、夏の暑さ、冬の積雪、傾斜のきつさ、夕暮れの早さ、携帯電話は通じにくいといった言葉が並んでいる。
 右側の貼紙には、灯りを持っていますか?との問い。
 昨年は、丹沢登山者が、大幅に増加したとの情報を聞いた。そのため、ライトを持たない登山者が増えたのだろう。
 ....確かに過去、そういった登山者に大倉尾根で出会っている。(2010-11-20、2002-10-12)
[新しいカンバンが立っていた]

 先ほどから、多くの下山者とすれ違っている。
 大倉〜観音茶屋間で、99人。    (28分間)
 観音茶屋〜見晴茶屋間で、78人。 (27分間)
 見晴茶屋〜駒止茶屋間で、59人。 (33分間)
 ということで、合計236人。

 なお、小屋前やベンチにて休憩している登山者は、下山者なのか登山者なのか不明なので、上記数値にカウントしていない。
 ここまで数え始めてしまうと、途中で止められなくなってしまった。
[初日の出を見て下山する登山者が多い]

 駒止茶屋を過ぎ、平坦な歩きとなる。
 ここは、大倉尾根を歩いていて、息を整えることができる、有り難いエリアである。

 左手に富士山の姿が見えてきた。(写真下)
 今日は、クッキリ見えて、雪の量も富士山らしく、文句なし。
 2013年の元旦早々、最高の気分だ。
[今日の富士は、クッキリ見える]

 今日は、何故か途中で休憩するということはなく、ひたすら歩いている。
 日が差し込んでも気温が低いので、ゆっくり歩き続けた方が常に適温であるのが、その理由。

 すれ違う下山者の数を数え続けている。
 駒止茶屋〜堀山の家間で、55人。(29分間)
 堀山の家〜花立山荘間で、80人。(49分間)

 花立山荘からの登りがキツイ。
 だが、そんな折、ふと見上げると、目の前に...
 おお、鍋割山荘宿泊の際、親しくしていただいている水戸?コーヒーさんだ。
 今朝、鍋割山荘から塔ノ岳経由で下山されているとの事だった。
 年越しの鍋割山荘の様子を尋ねる。
 こんなふうに思わぬ方とバッタリお会いできたことが嬉しい。
[花立からの眺め]

 12:57、塔ノ岳に到着。

 花立山荘〜塔ノ岳間で、55人。(43分間)
 結局、大倉からの総計で、426人とすれ違ったことになる。
 最近の山ブームと、天気予報がよかったせいだろうか。 

 山荘に入り、チェックインするが、日の入りまでは、まだ時間がタップリある。ということで、尊仏岩跡を訪問することにした。
 サブザックを取り出し、アイゼンや補助ロープを入れて出発。(13:56)
[ようやく塔ノ岳頂上に到着]

 尊仏岩跡は、昨年の正月以来だ。
 あれっ、どこだったっけと、ササ原の斜面を下っていく途中で、思わず立止まってしまった。このまま進んでいくと、崖の上に出てしまうような気がしたからだ。
 丹沢山に向かう登山道が、あそこだから...と指差確認した後、やはり、この先を下っていくことで間違いないと判断する。

 ササ原が終わる直前で、アイゼンを装着するため、アイゼンをササ原の上に置こうとすると、足下は、シカのフンだらけ。フンの無い箇所を探そうと、ウロウロ。予想外に時間を費やしてしまった。
[尊仏岩跡に向かう]

 無事、尊仏岩跡に到着。
 これで、2010年から4年連続の参拝となった。
 今では、梵字?が刻まれた板碑と首のない石仏が2体、鎮座しているが、かつては、この上に「お塔」と呼ばれた大岩が存在していたらしい。だとすれば、現状の岩部分から見て、結構スリムな岩だったようだ。塔の高さは、新編相模国風土記稿では、約18mとの表記があるらしいが、武田久吉氏の記録では、岩の高さは、3mぐらいだったという。
 だが、その大岩は、関東大震災で、大金沢に崩れ落ちてしまった。

 首の無い石仏の前に立って右側を見下ろせば、垂直に切り立っている。震災前もこの地形だったとすれば、風土記の18mという高さは、この下から測った高さではなかったかとも思える。

 冬枯れの木立の間から、蛭ヶ岳、不動ノ峰、丹沢山と一連の山並みをしばし眺望した後、来た道を戻ることにした。
[尊仏岩跡を参拝]

一度、尊仏山荘に戻り、小休止した後、夕日の撮影のため、外に出る。
 日が西に傾くほど、風が強くなってきた。
 中型カメラを取り出し、三脚をセットする。例によって、気温が下がると、フィルム巻き上げた時、勝手にミラーアップしてしまう。
 そんな訳で、構図を決めて露出、ピントを合わせ、最後に巻上げレバーを動かすことになるのだが、いつまで経っても、この操作に慣れない。
 今日は、珍しく富士の裾野にかかる雲が無かった。

 元日の夜は、20:00には、床に入る。
 こんなに早く横になっても寝られないのが普通だが、大晦日は、結構遅くまで起きているせいか、あっさり眠り込む。
 だが、夜半からは風が強く、何度か風の吹く音で目が覚める。
 以前、北アルプスの山小屋で、窓ガラスに当たる風の音が煩く、眠れなかったことがあったが、今回は、風が吹く音自体が大きい。山荘の屋根が吹き飛ばされるのではないかと思えるほどだった。

 <第2日>
 5:38、起床。外気の温度計は、−5℃を表示していた。
 6時半には、中型カメラを三脚にセットし、ご来光を待った。
 今年は、夕日、朝日ともに撮影ができた。

 山荘に戻って小休止。営業部長は、ストーブの傍で休憩中。(写真下)
[尊仏山荘の営業部長]

 7:50、尊仏山荘を出て、丹沢山に向かうことにした。

 相変わらず、風の音が大きい。
 稜線歩きは、ちょっと辛いかもと覚悟の出発だったが、鞍部を越えて日高の登りになっても、全く風に当たらない。
 どうやら、風はもっと上空を通過しているようだ。

 今日は、昨日と違って雲の発生が早く、富士山は、歩いているうちに雲に隠れてしまった。
[丹沢山へ向かう(正面は、竜ヶ馬場方面)]

 8:42、丹沢山到着。
 残念ながら、富士山は、手前の雲のために見えなくなってしまった。
 前回、外れていた「丹沢山」の山頂標識が、復活していた。(写真左)

 山頂には、人影が見えない。
 みやま山荘に立ち寄り、甘酒を飲みながら、小屋のおかみさんとしばし談話。
 9:18、塔ノ岳に引き返すために出発する。
[丹沢山頂上にて  山頂標識が復活していた]

 帰りは、逆光にもかかわらず、カメラを取り出す機会が増えてしまった。気に入った構図があると、立止まって、シャッターを押す。それを何度も繰り返している。

 竜ヶ馬場では、ササ原に陽が反射して眩しい。このあたりは、ササ原の広がる絶好のアングルだったのだが、植生保護柵が登山道の左右に出来てしまって、イマイチの撮影エリアになってしまった。
 それでも、アングルを探して撮影。(写真下)
[竜ヶ馬場のベンチを見下ろす(奥は、大山)]

 再び、尊仏山荘に入り、お茶を注文し、遅めの朝食のパンを食べた。
 
 11:04、塔ノ岳頂上をスタート。
 丹沢山〜塔ノ岳は、全く風に当たらなかったのだが、この山頂は、モロに風が顔に当たる。おかげで滅法、寒い。この山頂が一番の強風ゾーンだったことを知る。
[再び、塔ノ岳頂上に戻る]

 塔ノ岳からは、例年の如く、鍋割山稜を歩く。
 大丸を通過し、いつもの変形ブナのところで定点撮影。(写真下)
 ここ何年と、同じ場所で、同じブナを撮影し続けている。

 不思議なもので、あれほど寒かった塔ノ岳頂上とここは、別世界。
 全くと言っていいほど、風に当たらない。
 おかげで、震えることなく撮影に没頭できた。


 先を進むと、なんだか見覚えのある姿の人がこちらに近づいてくる。やっぱり、ニカニカ仲間のardbegさんだった。昨日の水戸?コーヒーさんに続いて、こういうハプニングは楽しい。
 これから尊仏岩跡に向かわれるとの事。
 それでは、お気をつけてと別れた。
[いつもの変形ブナ(定点撮影地点)]

 12:13、小丸に達する。
 このHPで何度も記載しているが、この小丸頂上の樹林帯が大変気に入っている。そのため、ここを通る度にこの樹林帯を撮影してしまう。
[小丸頂上(ここも定点撮影地点)]

 12:48、鍋割山頂上に到着。
 20人弱の登山者が山頂で休憩中だった。
 早速、山荘に入り、草野さんご夫妻に新年の挨拶。

 そして、鍋焼きうどんを注文。
 その後は、寝床に入り、ゆったりと時間を過ごす。
 あれほど、寝たのにまだ眠りが足りなかったようだ。

 この日も富士山の夕日を狙っていたのだが、残念ながら、雲が厚い。結局、富士山も夕日も雲に隠れてしまい、撮影にならず。
[鍋割山頂上にて] [鍋焼きうどんと樽酒を味わう]

<第3日>
 翌朝、ご来光を撮影するために外に出た。(6:40)
 しかしながら、房総半島の上には、厚い雲が広がり、どう見てもご来光は、期待できない。結局、ご来光は拝めなかった。
 ご来光が出るかと待っている間、南側を眺める。

 結局、ご来光の撮影を諦め、朝食を戴く。
 テーブルには、昨晩の空き瓶が。(写真下)
 ....昨晩もよく飲んだ。
[昨晩のワイン]

 9:19、山荘を出発する。

 赤ペンキで塗られた石柱と、木の幹にも赤ペンキを発見。
 前回(2012-11-2)、栗ノ木洞から後沢乗越まで赤ペンキが続いていたのを見てきたが、どうやら鍋割山までペンキ塗りが延びたようだ。
[後沢乗越に下る際、ここにも赤ペンキが出現]

 無事、ミズヒ沢まで下山。
 鍋割山荘用のボランティア用ペットボトル置場を見ると、手前の箱は既に空となっていた。
[ミズヒ沢にて]

 ミズヒ沢から西山林道をのんびりと歩く。
 しかし、途中で大きなミスをしてしまった。
 途中に馬頭観音が置かれてあるのだが、気がつかずに、スルーしてしまったのだ。これは、早々に再度、訪問するべきだと反省。
 ....馬頭観音信者としては、結構気になるのだ。

 11:50、大倉着。
 昼前ということで、大倉バス停付近の人は、疎ら。
 シートに腰掛け、発車を待つ。
 [大倉バス停に戻ってきた]


 今年の丹沢も、無事、塔ノ岳からスタートできました。
 今年は、いったい何回、丹沢にいけるか、全く予想できませんが、是非とも昨年以上、訪問したいと考えております。




※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。