トップページ>山行リスト(日付)>大山_記録20251126

| 秦野(8:30)〜(8:32)まほろばの泉(8:34)〜(8:40)弘法の清水(8:45)〜(8:50)寿徳寺(8:59)〜(9:07)荒井湧水からのせせらぎ(9:11)〜(9:15)太岳院(9:19)〜(9:21)今泉名水桜公園(9:35)〜(9:39)いまいずみほたる公園(9:44)〜(10:02)今泉あらい湧水公園(10:09)〜(10:28)まいまいの泉(10:31)〜(10:38)小藤川湧水地(10:41)〜(10:45)兵庫の泉(10:48)〜(10:59)どうめいの泉(11:02)〜(11:09)浄圓寺〜(11:16)出雲大社相模分祠(11:46)〜(12:01)白笹稲荷神社(12:28)〜(12:55)震生湖〜(14:36)八国見山(14:43)〜(15:02)湘南森林霊園〜(15:21)峠の泉〜(15:44)赤松沢湧水(15:54)〜(16:06)谷津湧水(16:12)〜(16:23)若竹の泉〜(17:00)渋沢 |
今回は、秦野湧水群を巡ってみたいと思い、計画しました。秦野市サイトによれば
『丹沢山地と大磯(渋沢)丘陵に囲まれた秦野盆地は、神奈川県で唯一の盆地であり、その地下構造は地下水を貯めておく「天然の水がめ(地下水盆)」となっています。この天然の水がめには、約7億5千万トンの地下水が蓄えられており、この豊富な地下水が市内のいたるところで湧き出ています。』と説明されています。
今回は、一日で周れるエリアということで、水無川より南側の湧水群を訪問対象としました。また、そのついでに震生湖と八国見山にも行ってきました。手に持っていたのは秦野
名水マップというパンフレットです。(ネットからダウンロード)
詳細は、以下をご覧下さい。 |
| 8:30、秦野駅北口のコンコースを出た所で大山を望む。(写真下) これから秦野湧水群巡りがスタート。天気は晴天で問題なしだが、計画した訪問対象の湧水地は19箇所あり、日没前に周り切れるかが課題だ。 |
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| [秦野駅前から大山を望む] |
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駅の階段を下りていくと「まほろばの泉」の前に出た。(写真下) 説明板によると、この泉は地下50mから汲み上げていて、「まほろば」とは住みやすい、素晴らしい場所を表し、秦野の玄関口にあり、表丹沢の山並みを背景に広がる人々の楽しみ、憩いの場となるよう名称を決定したとの事。
駅前に人工的とはいえ、泉が湧いているというのは、いかにも秦野らしいと思えた。 |
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| [まほろばの泉] |
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続いて弘法の清水を訪問。ここは、秦野湧水群でも有名な場所で、権現山や弘法山に向かう途中、立寄るケースが多い。
現地の説明板では下記のように記されている。
『地元では臼井戸と呼び、湧水地主の橙の言い伝えは次のとおりです。夏の暑い日盛りに、一人の法師が立寄られ水を所望された。妻女は水がめを見たが一滴の水もありません。「ただいま汲んでまいりますのでしばらくお待ちください」と、寺の地まで水を汲みにいって立ち返った。法師は恐縮し、その親切と労に感謝をし、錫杖を地面に突きさし穴をあけ、「三日たったら、底をくり抜いた臼をここに据え置きなさい。必ず水が出るであろう」と立ち去られた。法師の言ったとおりにしたところ臼の中から清水が湧き出てきた。臼の中から湧き出る水、臼井戸と呼ばれ、古来この地の地名となり、後に、子々孫々へ語り継がれる中で弘法大師の伝説と結びつき、立派な民話となった。
この天然の清水は、深い地層の洪積層から湧き出ており、どんな日照りの年でも水が涸れることはなく、水量が日量百三十トンと安定している。』
今回は、しっかりと説明板を読んだ。やはり、弘法大師は後付けかと思ってしまったが、実際いつから「弘法の清水」と言われるようになったのだろう。山が弘法山と名付けられた頃からだろうか? |
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| [弘法の清水] |
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次は、寿徳寺湧水だ。弘法の清水から南東に進むと、簡単に寿徳寺は見つかった。立派な御堂が建っている。(写真下左) 参拝後、ちょうど境内に人がいたので、湧水について尋ねてみると「この寺の下側に流れている水ですかね〜」と自信無さそうに言われ、寺の下側の方に進んでいく。すると墓地から離れた所で小川のように水が流れているのを発見。その上流を目で辿ると、石垣の途中で水が落ちている箇所が見える。(写真下右)
たぶん、あれが湧水だろうと思えたが、付近は湿地で近づけない。ということで今回は遠くから撮影するところまでとした。
ちなみに水が出ている石垣の上部は、草木で覆われ、さらにその一段上は小田急線が走っており、どこかで水が湧いていると思えた。
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| [寿徳寺] |
[湧水?] |
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小田急線の踏切を渡り、秦野駅南口の駅前ロータリーに到着。ここから南西に延びている直線路の両側を見ると、歩道の横に水が流れている。(写真下左右)
歩道横の説明板には、下記のような事が書かれてある。
『「荒井湧水からのせせらぎ」について
ここ尾尻・今泉地区は地名のとおり地下水の豊富な地区であり、昔からあった水路には荒井湧水から湧き出した水が一年中流れ、地域の人たちに親しまれてきました。そこで、街が整備されても昔の名残を残し、いつまでも親しまれるよう、平成11年度に完成した区画整理事業の中でせせらぎを作り、昔からある自然を活かすために、水路から水を取り入れたものです。この湧水は、せせらぎを流れた後、自然に水無川へ流しています。 秦野市』
夏の暑い日には涼しさを導いてくれそうだ。 |
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| [荒井湧水からのせせらぎ] |
[せせらぎが続いている] |
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続いて何度も訪問したことのある今泉名水桜公園に向かうが、その公園に行く手前で左折する。ここは、太岳院入口となっていて、今泉名水桜公園の池(今泉湧水池)が眺められるのだ。だが、その前に見事に黄葉したイチョウの大木が目に入ったので撮影。(写真下)
ここで湧水池を眺めた後、今泉名水桜公園の入口に向かう。なお、この太岳院には秦野市指定重要文化財となっている平安時代制作の木造十一面観音菩薩立像がある。 |
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| [太岳院のイチョウ] |
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| 今泉名水桜公園に入り、今泉湧水池を先程の太岳院の反対側から眺める。(写真下) マガモたちが気持ちよさそうに泳いでいた。 |
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| [今泉名水桜公園] |
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| 今泉名水桜公園からいまいずみほたる公園に向かう。桜公園から距離的には近いのだが、初めて訪問する公園だ。ここは、ホタルの生息地で、秦野のホタルを守る会が美化・清掃等の活動を行なっているといった看板が立っている。その公園の奥に進むと、水溜りのような箇所があり、向原湧水の石柱が立っていた。(写真下)
どうやらこの湧水がホタルの生息にも関わっているようだ。 |
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| [向原湧水] |
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| いまいずみほたる公園から今度は、北西に向かい、今泉名水桜公園近くを通る。このルートが近道だと思ったのだが、新興住宅街で道がはっきりしない。結局、行止りを引き返したりして、どうにか今泉あらい公園に到着。ここには、「荒井湧水今昔」という説明板が立っていた。石祠は文政十三年(1830)に今泉下村講中の人たちによって建立されたという。また、湿地帯を成していた荒井湧水は区画整理事業で「今泉あらい湧水公園」として保存し、水神様の石祠は現在地に移し、また風化して損傷が激しいことから新しい石祠に建て替えたとの事。(写真下左)
道理で新しい訳だ。荒井湧水の池の先には、権現山頂上の展望台が見えていた。(写真下右) |
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| [水神様の石祠] |
[荒井湧水] |
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次に向かったのが、まいまいの泉。このまいまいの泉を探すのに苦労してしまった。よく見たら名水まっぷに南公民館と記載されてあったのだが、これを見落としていたため、ウロウロしてしまい、どうにかGoogleマップを拡大して見つけることができた。何のことはない。秦野市立南公民館エリアに入れば、簡単にまいまいの泉は見つけられたのだ。(写真下)
ここには以下のような説明文が貼られてあった。
『まいまいの泉
「まいまいの泉」がある秦野南地区は、名水百選の秦野盆地湧水群が点在する名水地区です。しかし、平成元年に代表的な湧水である「弘法の清水」で有機塩素化学物質による汚染が発覚し、市民に大きな不安と衝撃が走りました。
そこで平成6年1月に汚染原因者による浄化義務を盛り込んだ「秦野市地下水汚染の防止及び浄化に関する条例」を全国に先駆けて施行し、事業者による詳細調査と浄化事業など官民一体となって汚染対策に取り組んだ結果、汚染された秦野名水の水質改善が進みました。
その後、地下水室の監視用に設置した井戸の水質が、浄化事業の進捗とともに改善されたため、復活した秦野名水に触れていただく公共の水場として、平成12年に地下水の観測井戸を利用して「まいまいの泉」を整備しました。
この井戸は、深さが被圧された地下水の僧に達しているため、動力ポンプを用いずに地表から20m以下の地下水が自噴しています。』
秦野湧水群の歴史を知る上でも貴重な説明文だ。 |
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| [まいまいの泉] |
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まいまいの泉の西側にある小藤川湧水を訪問。ここでも道を間違え、左折する箇所を直進し、引返すハメに。全く地図が読めず、結局、スマホでGoogleマップの現在位置を利用している。...どうも縮尺認知症になったらしい。
10:38、小藤川湧水地に到着。(写真下) 小藤川湧水の石柱と説明板(下記)が立っていた。
『小藤川湧水地 南地区まちづくり推進委員会
その昔、このあたりは、そこ、ここに田んぼがあり、田んぼの水はこんこんと湧き出る水を使って秋には黄金の稲穂がいっぱいでした。そのきれいな水はやがて小川となってさらさらとカジカがなく室川へと流れていきました。』...なんだかインタビューした口語をそのまま書き留めたような感じ
説明板には地図が描かれてあり、石柱の立っている窪地の南側半分は畑と書かれてあったが、現在は360度、住宅に囲まれている。 |
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| [小藤川湧水] |
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小藤川湧水から歩いて3分後、杜の豆腐工房 三河屋の前を通り過ぎる。このあたりに兵庫の泉があるはずだとあたりをキョロキョロしたら、兵庫の泉はすぐに見つかった。(写真下)
ここにも説明板が貼られてあった。
『兵庫の泉 由来記
当家の初代、和田兵庫(ひょうご)は、応永27年(1420年)に出生し、大永4年(1524年)まで百四歳の長寿であったという。以来、五代に亘って、小田原・北條氏の家臣として仕えた。兵庫の子、石見(いわみ)は当家の菩提寺曹洞宗大澤山浄圓寺の開基である。
以降、家系連綿としておよそ600年、今日23代を数えるに至る。
古くよりこの地は清水所所に湧出し、生活用水は概ね地下水に依存して来た。良質の水はたいへんにまろやかな旨味をもっている。久しく、この水の恩恵に浴して来た賜は、何ものにも替え難いものと思う。
この泉は昭和46年5月、当家裏庭に深さ34mの源泉を掘り抜き、多量の地下水が湧出したものをパイプで誘引したものである。1日当たりの源泉の湧水量は最大1500トンにも及んでいる。
ここに環境省選定、名水百選の地の清水が滔滔と湧出する態様の一つの表現として。この泉を設置した。
ちなみに杜の豆腐工房・三河屋では、この湧水で「こだわりの豆腐」を製造している。
平成26年8月吉日 設置者 和田大 』
兵庫とは人名から名付けられたことを知る。それにしても23代続く家系とは素晴らしい。 |
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| [兵庫の泉] |
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次にどうめいの泉に向かう。自分では絶対に正しいルートだと思っていたのだが、畑中というバス停が現れ、あれっ?となる。スマホでGoogleマップ上の現在地を見たら、北西に向かうはずが単純に西へと進んでいたことが発覚。250mぐらい引き返すハメに。
...縮尺だけでなく方向感覚も老化していた。
10:59、どうめい北児童遊園地に到着。この公園内にどうめいの泉があるはずだ。見渡すと、すぐに見つかった。(写真下) その後、泉の周りで説明板を探すが、残念ながらここでは見つけることは出来なかった。 |
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| [どうめいの泉] |
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どうめいの泉から出雲大社相模分祠を目指すために西へと進むつもりが、少し北側に行き過ぎてしまった。...やはり方向感覚が老化。
すると目の前に重厚で格式の高そうな寺が現れた。(写真下) 浄圓寺とある。あれっ、どこかで聞いたようなと思っていたら、先程の兵庫の泉の説明板に出てきた寺だと判明。偶然とはいえ、寺の前に来てしまったので中に入り、参拝する。 |
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| [曹洞宗浄圓寺] |
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11:16、出雲大社相模分祠の前に立つ。ここは丹沢に通い始めた頃から知っており、いつかは参拝しようと思っていたのが、それが今日になった。
立派な鳥居が建っている。(写真下) 奥へと進んでいき、参拝する。左手に千年の杜という樹林帯があり、その中に入ってみることにした。
...後日、千年の杜は、平成19年に約1,700人の手によって12,000本、植樹された森という事を知る。 |
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| [出雲大社相模分祠] |
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| 樹林帯の中に道があり、辿ると、湧水口を発見。(写真下) その先には立派な祠が建っていた。千年の杜の入口にあった説明板によれば、この水源は、地下51mより汲み上げ、長い時間をかけて自然の力によって濾過されたミネラルの豊富なおいしい地下水との事。撮影後、大きな容器を持った単独男性がやってきて、この水を汲み始めた。 |
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| [千年の杜湧水(ゆずりの水)] |
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| 千年の杜を出て再び境内の中心に戻ってきた。すると、左手に大國の名水という文字が書かれた説明板が目に入る。その説明板によると、手水舎の水は慶長14年以来、池や井戸から湧出した名水とのこと。ということで、手水舎に行き、龍の口から水が出ているのを撮影。(写真下) |
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| [大國の名水] |
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| 出雲大社相模分祠で小休止した後、県道62号線(はだの桜みち)を南東に進み、白笹稲荷神社にやってきた。入口に大鳥居がデーンと構えている。ここは渋沢丘陵に行く時、立寄ったことが何度かある所だ。 |
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| [白笹稲荷の大鳥居] |
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今回の湧水と関係があるのか不明だが、駐車場の先に「黄金の泉」なる立札を発見。
『黄金の泉
ヒカリモは黄金色に輝く珍しい藻類です。その輝きによって、金運に効く縁起物の泉が出現します。(四月末から12月)』
どうも、今回の湧水群とは直接、関係なさそうだが、泉自体は湧水ではないかと思えた。 |
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| [黄金の泉] |
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| 境内に入り、拝殿を参拝。その後、一貫田湧水を訪問する。境内の案内版に一貫田湧水の文字が出ていたので探すのは簡単だったが、行ってみると、大きな手水鉢が設置されているだけで、周囲が工事中のようだった。(写真下) どうやら、奥の一段低い窪地が湧水地帯のようで、そこから簡易ポンプで汲み上げるメカニズムのようだ。年が変わったところで完成なのかなと思えた。 |
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| [一貫田湧水] |
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| 再び拝殿手前に戻り、もう一つの白笹稲荷神社湧水地を探そうとウロウロしていたら、目前に手水の竹筒が目に留まる。一番手前の竹筒には穴がいくつも開いており、水が細い線のように落ちていた。どうやら左奥の方からパイプが繋がっていて、最後が竹筒となっていた。この水が湧水ではないかと思い、手水の竹筒を撮影する。(写真下)
湧水場所が不明だが、今日のところは、これで良しとした。 |
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| [左に手水] |
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| 白笹稲荷神社を出発し、歩き慣れた渋沢丘陵への道を進む。いつものように左側に見える大山・丹沢方面を撮影。(写真下) |
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| [表尾根方面] |
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| 丘陵の上に到着。左折して震生湖の方に向かう。この時、左前方に箱根の山々が見えた。左から駒ヶ岳、神山、右に突起しているのが冠ヶ岳、なだらかな山は明神ヶ岳。(写真下) |
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| [箱根の山々] |
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| 12:55、震生湖に到着。すると、正面には柵があり、橋の架け替えの工事中ということで通行止めとなっていた。現在、震生湖は周回できないことが判明。(写真下)
右手の湖岸を歩くことにする。 |
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| [橋梁工事のため立入禁止] |
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| 13:05、湖畔にある福寿弁財天を参拝。(写真下) |
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| [福寿弁財天] |
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| 湖畔を西へと進んでいく。このあたりは紅葉・黄葉が広がっていた。(写真下) |
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| [震生湖での紅葉] |
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震生湖から再び丘陵に登る途中でベンチに腰を下し、遅めのランチタイムをとる。
残りの湧水は、峠の湧水、赤松沢湧水、谷津湧水、若竹の泉の4ヶ所で、まだ先は長い。日没前にはゴールしたいが、果たして間に合うだろうか。ということで、ひたすら渋沢丘陵を歩き続ける。だが、栃窪会館に出る前でふと右手を見たら塔ノ岳方面が見えたため、足を止めて撮影。(写真下) |
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| [塔ノ岳方面を眺める] |
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栃窪会館でトイレ休憩した後、カメラ撮影を控え、ひたすら歩き続けた。
14:36、八国見山頂上に到着。(写真下) |
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| [八国見山に到着] |
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| 八国見山頂上からは、富士山がどうにか見えた。(写真下) |
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| [富士山の眺め] |
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| 八国見山から南下していく。2014年2月にこの先の竹山(標高307.6m)へ歩いたことがあった。その時は尾根伝いに歩いたと記憶していたが、今回は、物凄い急で長いコンクリート階段が現れた。(写真下)
階段の遥か先に車道が見える。霊園造成のために尾根を削り、車道を通したようだ。 |
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| [急なコンクリート階段] |
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| コンクリート階段を下る前に前方を眺める。ここはビューポイントとなっていた。(写真下) 相模湾が広がり、左に大磯鷹取山、右に二宮吾妻山が見えた。 |
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| [大磯鷹取山(左端)と二宮吾妻山(右端)] |
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| 階段を下り終えた後、車道沿いに進んでいく。右手に霊園が広がった。(写真下) 不思議なことに八国見山南側に建っていた電波塔が見えない。撤去されてしまったのだろうか。 |
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| [湘南森林霊園から八国見山方面を眺める] |
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| 霊園から坂道を下った後、峠集落の旧道を北上していく。そろそろ峠バス停だ。この道の東側に峠の湧水があるはずと、注意して右手を見ていたら金網の奥に湧水を発見。しかし、金網があるため、近づけない...と思ったら、金網の一部が扉になっていて、無事、峠の湧水を正面から撮影できた。(写真下)
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| [峠の湧水(振り返って撮影)] |
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| 峠の湧水を訪問した後、峠隧道に向かうが、一気に気温が下がり、指先が冷たくなってきた。15:28、峠隧道に突入。(写真下) 日の入りは16時半ぐらいなので、あと1時間。 |
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| [峠隧道を進む] |
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峠隧道を抜けて下り坂となる。五差路の所で、右手の渋沢中学校への道に進んでいき、赤松沢湧水に向かう。ちょうど下校時間帯に当たったようで多くの中学生とすれ違う。
その後、右手の渋沢送水ポンプ場の金網にGoogleマップにアップされてあった貼紙(←赤松沢湧水はこちら)を発見できたので一安心。(写真下) 貼紙に従って下っていく。 |
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| [赤松沢湧水に向かう] |
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| 階段を下っていくと、大きなコンクリート水槽に出合う。ここで幾つかの湧水が集まり、水槽に水が落ちていた。(写真下) ここが赤松沢湧水?だが、看板等、何もなかったので奥に進んでみる。 |
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| [赤松沢湧水?] |
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| 水量の多い沢沿いを進んでいくと、人工物が目に留まる。(写真下) これも水槽の一種だろうか。この先、さらに進もうとしたが、足下が一面湿地帯となって歩き難い。また、前方の斜面が急になっている。ということで、ここで引き返すことにした。先程のコンクリート水槽が赤松沢湧水だろうと今日は判断。 |
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| [これは何?] |
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| 五差路まで引き返した後、渋沢駅方面に下っていく。西日が部分的に表尾根を照らしていた。(写真下) |
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| [表尾根方面] |
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室川を渡って左折し、道を進んでいくと、次の谷津湧水は容易に見つかった。(写真下左) 近くには水質検査結果書が貼り出されてあった。(写真下右)
この水質検査結果書は、今までも何ヵ所かで見かけたものだ。
なお、この周りはふれあいの里と呼ばれ、動植物の観察エリアとなっていた。
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| [谷津湧水] |
[谷津湧水の水質検査結果書] |
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車道に戻り、東側へと進む。本日最後の湧水は、若竹の泉だ。ここは、今まで渋沢丘陵の帰り等で何度か訪れている場所だ。
16:23、若竹の泉に到着。どうにか暗くなる前に到着することができた。(写真下)
ここには、若竹の泉に関して貼紙があった。要約すると、下記の通り。
若竹の泉は、今から30年前に農家の皆さんが村おこしとして、新鮮野菜の朝市を始めたが、その時、この地は竹やぶが多くあり、野菜に加えて”たけのこ”を特産物として朝市で販売していた。農家の皆さんの力で朝市会場に”秦野=名水”より、湧水場を作る事を企画し、渋沢丘陵の室川源流にあたる山の中腹に先代の方が掘られた横穴から水を引き、現若竹の泉から横穴の水源まで800mを皆の労力奉仕でパイプの埋設をし、”しあわせの水
若竹の泉”が完成した。たけのこの”竹”と皆、老人会に近い年齢だったが、気持ちは若く、末永く元気での意味で”若”を取り、”若竹の泉”と命名された。 |
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| [若竹の泉] |
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| 若竹の泉から丘を越えて渋沢駅を目指す。段々と暗くなっていき、渋沢駅に到着した時は、すっかり日が落ちていた。(写真下) |
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| [渋沢駅に到着] |
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今回訪問した場所は、下記の通りです。
(1)まほろばの泉 (2)弘法の清水 (3)寿徳寺湧水 (4)荒井湧水からのせせらぎ
(5)今泉名水桜公園(今泉湧水池) (6)いまいずみほたる公園(向原湧水)
(7)今泉あらい湧水公園 (8)まいまいの泉 (9)小藤川湧水 (10)兵庫の泉
(11)どうめいの泉 (12)出雲大社相模分祠(ゆずりの水)
(13)出雲大社相模分祠(大國の名水) (14)白笹稲荷神社湧水地
(15)白笹稲荷神社(一貫田湧水) (16)峠の湧水 (17)赤松沢湧水 (18)谷津湧水
(19)若竹の泉
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※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。
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