トップページ他山域山行リスト>武甲山_記録20160605


武甲山

 山行日
2016年6月5日(日) 晴 同行者:「山の会」メンバー 4名
 コース
一の鳥居(9:40)〜(10:12)不動滝(10:17)〜(10:56)大杉(10:58)〜(11:37)御嶽神社〜(11:40)武甲山(11:55)〜(12:04)御嶽神社(12:40)〜(12:42)小持山分岐点〜(13:06)シラジクボ分岐点〜(14:09)林道終点〜(14:40)橋立鍾乳洞入口(15:00)〜(15:10)浦山口
 今回は、山の会での月例山行です。向かった山は、秩父の名峰、武甲山。この山は、一度登ってみたかった山なので、前夜は、結構、ワクワク状態で、なかなか眠れませんでした。
 詳細は、以下をご覧下さい。


 前日の天気予報では、芳しくなかった。それでもリーダからのメールでは、決行しますとの事で、タクシーの予約の関係上、参加されるかどうかの回答をして欲しいとの連絡が届いた。
 今回の山行を逃したら、いつ登れるか分からないと思い、「参加します」のメールを送る。
 最悪、リーダとの二人山行かなと思いつつ、当日、集合場所の西武秩父線横瀬駅に下り立ったら、全部で5人が集まった。意外に皆さん、雨でも大丈夫なんだと、妙に感心してしまった。

 横瀬駅にて、予約してあるタクシーに乗り込む。
 9:27、登山口である一の鳥居に到着。ビックリしたのは、日が照ってきたことだ。幸いにも天気予報は、外れてしまったようだ。
 準備運動後、歩き始める。(9:40)
[今回のスタート地点:一の鳥居]

 何の予備知識を持たずにやって来たので、この登山道に○○丁目といった石柱があることも知らなかった。なんだか地元の大山みたいだなと思いつつ、石柱をチェックしながら山道を行く。

 そもそも武甲山の山名は、どういう由来なのか、帰宅後、調べてみた。
(1)日本武尊が、自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説が元禄時代の頃から定着した。(Wikipedia)
(2)向(むこ)う山を武甲山にあてた。
 神戸市の裏の六甲山も発音は、ムコウで、昔は武甲山とも書いて、舟で海路を進むとき、この山に向ってゆくと港についたので向う山と呼んだのが、いつか六甲山と書き変えられたのだといっています。この奥武蔵の武甲山もこの向う山に起因しているのだろうということになっていて、現在はこの説が一番確実なようです。
  (「ものがたり奥武蔵」神山弘(岳書房1982年12月))

 う〜む。
 個人的には、後者の方が、武甲山が秩父の人々の生活に溶け込んでいた山だということを反映しており、この説を採りたい気がする。
[登山道には、石柱が立っている]

 不動滝に到着。(10:12)
 たまたまなのかどうか分からないのだが、水量が少なく、ちょっと滝としては迫力のない光景だ。
 それよりも足下にあったペットボトル群に目が向く。
 このペットボトルの水は、山頂にあるトイレの水として使用するためらしい。
[不動滝] [ペットボトルが置かれてあった]

 どこにでもありそうな植林帯を進む。
 相変わらず路傍に石柱が続いている。やがて、緩やかな斜面となり、辺りは、おやっと思わせる杉林となった。これらは、植林なのだろうか。それにしても、皆、樹高があり、同じ樹林帯でも、ちょっと別世界を歩いている気分になってきた。
[樹高のある杉林の中を行く]

 すると、どうだろう。
 32丁目に杉の巨木が立っていた。ここが大杉の広場というらしい。
 同行のMIOさんが、大木に両腕を回し、モデルになってもらう。
 ....このポーズは、横で休憩中の中年女性バーティに受けていた。
[大杉]

 樹高のある杉林が続く。地図を見ると、今、歩いているルートは、頂上の御嶽神社の表参道ということになっているが、この林相ならば、納得だ。
 驚いたことに、大杉は、一本ではなった。
 進んでいくと、同じような杉の大木が現れた。
 「立派な杉ですねぇ。」
 見上げながら、呟く。
 これらの巨木は、周囲が植林になるときも、巨木過ぎて、伐採しなかったということだろうか。
[杉林が続く]

 この後も何本か、周囲の樹林とは違う杉の大木を見ながら、緩い登りの道を辿る。
 このため、思わず立ち止まり、条件反射のようにカメラのシャッターを押してしまうのだった。今回、他のメンバーも立ち止まって大木を観賞しているので、遅れることなくついていくことができたが、そうでなかったら、相当、離れてしまっていただろう。
[大木を何本か見かける]

 緩やかな登りが続いたと思ったら、道標の前に出た。
 そこが、頂上手前の御嶽神社前の広場だった。

 帰宅後、「ものがたり奥武蔵」神山弘(岳書房1982年12月)を読んでいたら、下記のような文章を見つけた。
 
「武甲山は、七合目から上には松がないといわれていて、これには次のような伝説があります。昔重忠(畠山重忠)と梶原景時が武甲山頂の神社の向きについて口論し、重忠は南向きといい、景時は北向きだと互いにがんばって果しなく、実地に見聞をした結果重忠が勝ったので、景時を松の木に藤づるでゆわえてしまいました。この時景時はくやしがって、これから武甲山には松と藤は生えるなといったので、この山には松と藤がないというはなしです。」
 秩父が地元である畠山重忠について触れた章での話なので、重忠の話が載るのは、当然として、その相手が梶原景時というのが面白い。
 現在の神社が、写真下左である。
 確かに今も南側を向いていた。
 神社で、参拝した後、裏手に回り、頂上に向かう。 
[御嶽神社を参拝] [神社の裏手に展望台あり]

 武甲山の山頂標識のある第一展望台にて、記念撮影。(写真下左)
 ここから秩父市街地を見下ろすのは、気分がいい。西武秩父駅は、あのあたりかなと思いながら、荒川の右岸域に広がる細長い市街地を隅々まで眺め入る。
 続いて第二展望台に行ってみたが、こちらは、展望台とも言えないような狭いエリアだった。(写真下右) 第一展望台ほど、視界が広くないので、それほど時間をかけず、後にした。
[第一展望台にて] [第二展望台にて]

 そういえば、三角点と最後の52丁目石柱を見ていないなぁということで、まずは、三角点を探す。するとどうだろう、御嶽神社に戻る時、あっさり三角点は見つかった。
 後は52丁目石柱だと御嶽神社前まで戻ると、これまたあっさり、52丁目の石柱を発見することが出来た。
[御嶽神社前の52丁目の石柱(右下)]

 御嶽神社前の広場でランチタイムとする。今日の天気予報が悪い予報だったせいか、山頂は、それほど賑やかという訳ではなかった。
[神社前の広場でランチタイム]

 帰路は、秩父鉄道浦山口駅に向かうルートを選択。
 登りのときの樹林帯とは、違った樹林帯が続く。途中、カンバンがあるので、何のカンバンだと思って近づいたら、「発破のお知らせ」だった。
 北側の採石のためにダイナマイトを使用するようだ。発破時刻は、既に決まっていて、点火前にサイレンが鳴ったり、放送が入るようだ。石灰岩が採掘される武甲山ならではのカンバンだった。
[浦山口へと下っていく]

 右手に新緑の落葉松林を見ながら、尾根筋を進む。この辺りは、歩き易くて心地よい。
[新緑の尾根筋を進む]

 左が植林帯、右は自然林(ミズナラ等)の尾根筋をそのまま下っていくかと思ったら、途中で左折するルートとなった。山の腹を下っていくようだ。
 熊出没注意の黄色いカンバンが目立っていた。
[尾根筋から途中で、左折する]

 尾根の腹を下っていくと、沢に出た。そのまま沢沿いに続く登山道を進むと、林道に出た。
 ここまで出てしまうと、後は、浦山口駅に向かうだけだ。
[林道に出る]

 途中、橋立鍾乳洞に立ち寄る。だが、鍾乳洞には入らず、手前の茶店で缶ビールやソフトクリームを調達。
 ....ついでに武甲山のバッチを買ってしまった。
 目の前には、垂直の岩壁が聳え、なかなか見応えのある光景だった。
[橋立鍾乳洞入口にて]

 浦山口駅が見えてきた。駅は、高台にあったので、すぐにわかった。
 すると、我々に向かって駅員が「間もなく電車がきます。」と、わざわざマイクで声を掛けてきた。
 ....50mぐらい離れていたのに。

 池袋に向かうのであれば、次の電車でもOKというほど、時間があるので、我々は、駅前の店で、ビールでもと思っていたのだが、店らしい店が見当たらない。
 「ならば、電車に乗ってしまいましょう。」
と、最後は、坂道を猛ダッシュして駅のホームに入る。
[浦山口駅にて]

 結局、西武秩父駅前にて、アルコールや土産物を買ったりして時間を潰す。
 登ってきた武甲山を眺めながら、冷えた缶チューハイが旨かった。その後、電車の中でアルコールを飲み続けたのは、いつもの事だったが、池袋に近づくにつれて、ボックスシートとはいえ、立ち乗客が増えて、ちょっと飲みづらい雰囲気となってしまった。
 [西武秩父駅前にて武甲山を眺める]

 今日、出会った花の一部
[フタリシズカ] [コアジサイ]


 長年登ってみたいと思っていた山に、こうして登ることが出来て感無量です。
 文中にも出て来ましたが、「ものがたり奥武蔵」神山弘(岳書房1982年12月)を読みますと、奥武蔵というのは、武甲山あたりの山域を除き、標高1000m以下の山が殆どですが、低山ゆえ、人の歴史・文化が感じられる山域だということを知りました。これからも、機会があれば、訪れてみたいと思っています。




※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。