トップページ他山域山行リスト>関八州見晴台・顔振峠_記録20180211


関八州見晴台・顔振峠

 山行日
2018年2月11日(日) 曇時々晴 同行者:「山の会」メンバー 9名
 コース
西吾野(8:36)〜(9:42)分岐点〜(9:46)石地蔵分岐点〜(10:22)高山不動尊(10:30)〜(11:03)関八州見晴台(11:30)〜(12:05)花立松ノ峠〜(12:29)傘杉峠〜(12:57)顔振峠(13:35)〜(14:00)舗装路合流点〜(14:28)吾野
 「山の会」月次山行として奥武蔵の関八州見晴台・顔振峠に行ってきました。この山域は、低山のハイキングコースですが、単なる低山ではなく、歴史を感じさせる古刹や史跡があり、なかなか興味深いエリアです。
 ただ、丹沢界隈と同様、植林帯が多く、そういった意味で、植林帯歩きの多い山行となりましたが、幸い、花粉症の症状は出てきませんでした。
 詳細は、以下をご覧下さい。


 今日の山行は、参加希望者が少なく、最初は、リーダのTOSさんと私ぐらいしか、いなかったが、直前になり、参加者続出で、あれよあれよと総勢10人となってしまった。
 準備運動を各自、行った後、8:36、西吾野駅を出発する。
[西吾野駅をスタートする]

 西武鉄道の下をくぐり、北側に進んでいく。舗装路から未舗装路になると、植林帯の登りとなる。
 地図上では、パノラマコースと記載されている道である。パノラマというからには、どこかで景色が広がるのだろうと思いながら、雪道を登ると、少し視界が開けてきた。伊豆ヶ岳方面だろうか、山腹の斜面には、雪が目立っていた。
 ....だが、結果として、この先、高山不動尊手前まで、視界が広がることは無かった。

 足下の山道には、まだ雪が残っており、結構、滑りやすい。だが、急登になると幸いにも雪が消えていた。
[植林帯の中の急登]

 植林帯で視界が広がらない中、丁字路の分岐点に出くわす。道標は、わずかに残っているだけで、左は、「高山不動尊」、右は、「あじさい館」と読めた。
 右手の「あじさい館」というのが、どこを指すのかが、よく分からず、帰宅後、調べてみたら、平成25年3月で、「埼玉県奥武蔵あじさい館」が終了し、その7月から、今の「休暇村奥武蔵」に変わったということが分かった。おそらく、この「あじさい館」を指していると思われるのだが、そうだとすると、あじさい館に行くならば、今、歩いて来た道を引き返した方が早いような気がする。そんな訳で、ちょっと謎の道標となってしまった。
[丁字路を左折する]

 9:46、また丁字路となった。
 ここには、石地蔵が彫ってある石碑が建っており、年号は、「天保」と読めた。1830年頃の江戸時代だ。高山不動尊がこの先にあるので、参道と思えば、不思議ではないが、当時も、このような山林の中だったのだろうか。
 石碑に参拝して、右折する。
[石地蔵のある分岐点]

 フラットな植林帯の尾根筋を進み、高山不動尊に近づいていく。せっかくなので、不動尊には、正面から参ろうということで、不動尊手前の分岐点で、下っていく登山道を選択し、不動尊本堂下の大イチョウの所にやってきた。
 大イチョウは、樹高約37m、幹回り10m、根回り12m、樹齢は、推定800年と言われている。
 ここからは、奥武蔵から奥多摩に連なる山々の眺望がいい。
[左が大イチョウの一部、奥が奥武蔵・奥多摩の山々]

 奥多摩・奥武蔵の山々の眺めを堪能した後、正面の石段を登って行く。(写真下左)
 
 10:22、長い石段を登り終えて、高山不動尊に到着。参拝後、小休止とした。(ここは、トイレや飲料の自販機が設置されてあり便利)
 高山不動は、成田不動、高幡不動とともに関東三大不動の一つとされているらしい。それにしては、他の不動と比べたら、この場所は、だいぶ地味な感じがする。
 ここには、国指定重要文化財 木造軍荼利明王立像(平安時代中頃の作と推定)が安置されていて、毎年4月15日、冬至だけに開帳されるとの事。 (Wikipediaより)
 休憩者は、我々だけなので、ゆっくりと休憩できた。
 10:30、出発。
[長い石段を登る] [高山不動で小休止]

 東側に進み、車道に出て、ひたすら登っていく。
 地図を見て、高山不動周辺は、舗装路だらけなのがわかった。
[舗装路を登る]

 ふと振り返ると、植林の間からピラミッド状の山を発見。武甲山だとすぐにわかった。西武秩父駅から眺めた姿よりも、こちらの方が、精悍に見える。
[振り返ると武甲山が見えた]

 車道から登山道に入る。(写真下)
 ところどころ、残雪があり、滑りやすくなっている。
 この上が関八州見晴台かと思ったが、再び車道に出てしまい、そのまま車道を登る。車道には、まだ凍結箇所が多く、そのせいか、登ってくる車の姿は、見なかった。
[関八州見晴台を目指す]

 再び、車道から登山道に入る。入口に「関八州見晴台入口 高山不動尊奥の院」と書かれた石柱が立っていた。この先がどうやら関八州見晴台のようだ。
 だが、この先、登山道が急になり、凍結している箇所があったため、ちょっと時間を食ってしまった。
[もう少しで関八州見晴台]

 11:03、関八州見晴台に到着。
 ここで、リーダのTOSさんからチョコレートシフォンケーキのプレゼントあり。10個の皿に分けた後、SHRさんの手により、生クリームがかけられる。メンバーのMHGさんのバースデーを祝った後、東屋にて、美味しく戴く。
 しかし、TOSさんの、あの小さなザックによくこの大きなケーキが入っていたものだと、妙に感心してしまった。
[関八州見晴台標識] [生クリームをかける]
....生クリームのスプレー缶は、ドイツ製

 その後、眺望を味わうつもりで山頂を散歩するが、北側の日光方面、南側の丹沢方面は霞んでいてよく見えない。結局、眺めが良かったのは、武甲山から南側の奥武蔵・奥多摩の山々ぐらいだった。だが、富士山は、眺めることが出来なかった。快晴の時は、棒ノ折山の少し北側に富士山が見えるようだ。(展望案内図にて、富士山が見えることを知った)
[奥多摩や秩父の山々(右端は武甲山)]

 11:30、出発する頃になると、日が照り出し、山頂には、昼近くになったこともあり、登山者が集まっていた。結構、若いパーティが多い。
[関八州見晴台にて]

 関八州見晴台から下っていき、車道に出た。だが、道路は凍結しており、慎重に歩く。
 左から舗装路が合流し、このあたりが、地図上の花立松ノ峠かなと思ったのだが、特に標識らしきものは、見つけられなかった。
[車道は、凍結状態]

 延々と車道を歩く。日陰になると完璧にまだ凍結している箇所があるかと思うと、日当たりのいい場所は、全く雪が無かったりして、その極端な変化を楽しむ。
 12:39、傘杉峠を通過。ここには、立派な標柱が立っていた。(写真下)
 その標柱から道路を横断し、反対側に行くと、植林帯に対する説明板が立っていた。
『奥武蔵の造林地
 林道奥武蔵線沿いは、ヒノキ、スギの美林をなしているところである。この地域では、江戸時代に入り、人口増と大火で木材需要が増えた江戸へ向けての木材生産が行われ、江戸の西の方の川から運ばれてくるので西川材と呼ばれた。以来、伝統ある林業地として集約的な手入れによって優良材を生産している。 環境庁・埼玉県』

 この周辺の木材は、消費地江戸に対し、川を利用して運搬することで、効率よく木材を供給できたのだろう。この辺りの植林が多いのも頷ける。
[傘杉峠にて]

 12:57、顔振峠に到着。あたりには、蕎麦屋が何軒か営業していた。そのうちの一軒に入る。どこの店も今日は、ハイカーで賑わっていた。
 普段、蕎麦といえば、ザルで食べるのだが、今日は、外気が寒いので、温かい山菜蕎麦を注文。アツアツの蕎麦で、美味しく食べれた。(写真下左)

 食後、顔振峠の石碑を読む。(写真下右)
 石碑によると、「此の峠は昔義経弁慶主従が余り展望のすばらしさに顔を振り振り眺めたので此の名がついた」と云われる。う〜む。義経、弁慶が登場してくると、いかにも伝説に思えてくる。
 蕎麦も食べたし(これも、今回の山行の目的の一つ)、「そろそろ行きますか。」と、蕎麦屋の横の登山道を下っていく。
[山菜蕎麦:湯気が撮影の敵だ。] [顔振峠の説明板]

 林道に出合う。登山道には、雪が結構、残っていたので、この先、道幅の狭い登山道より、道幅の広い林道(同じ方向に続いていた)を歩くことにした。この方が、雪があっても、だいぶ歩き易い。
[登山道ではなく、途中から林道を歩く]

 14:00、車道に出た。(写真下)
 この車道も顔振峠から通じているものだ。ただ、今歩いてきた登山道の方が近道となっている。
 緩やかな下りを進んでいくが、ここから先、もう雪を踏むような箇所は、なかった。
[車道に出た]

 民家が増えてきたと思ったら、丁字路にて、道標を発見。道標では、右折が吾野駅を指していたが、地図を見たら、左折の方が近いように思えた。よって、全員、左折することにした。
[道標とは反対方向へ]

 車道を歩き続け、14:28、吾野駅に到着。
 14:37発の飯能行き電車に乗って帰路についた。
 この後、西武電車を各停、快速急行、準急と乗り継ぎ、池袋で反省会となる。
 [吾野駅ホームにて]

 山の会の皆様
 お疲れ様でした。また、ご同行有難うございました。
 奥武蔵、やはり奥が深いです。植林が多いのですが、それだけ、人里に近い訳で、山村文化・歴史などの宝庫に思えてきました。また、山の会で企画できれば、と思っています。
 また、今回、武甲山の山容にとても感動しました。あれほど目立つ存在だとは知りませんでした。秩父のシンボルであることを再認識しました。




※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。