トップページ他山域山行リスト>日和田山_記録20200113


日和田山

 山行日
2020年1月13日(月) 晴 同行者:「山の会」メンバー 7名
 コース
武蔵横手(9:01)〜(9:32)五常の滝入口〜(10:10)北向地蔵(10:16)〜(10:41)物見山(10:52)〜(11:16)高指山手前〜(11:32)日和田山(12:01)〜(12:07)金刀比羅神社〜(12:26)日和田山登山口(12:34)〜(13:39)宮沢湖温泉
 「山の会」の2020年初山行は、奥武蔵エリアで有名な日和田山です。この山は、標高305mという低山ですが、人気の山で、一度は、登ってみたい山でした。
 詳細は、以下をご覧下さい。


 今回の山行は、8:45武蔵横手駅集合ということで、電車を調べたら、8:44着があり、その前となると、8:07着となっていた。こんなに西武秩父線の本数が少ないとは、知らなかった。
 結果的に、8:07着の電車(池袋7:05発三峰口・長瀞行き快速急行)に乗って、到着。
 その後、駅前で時間を潰そうと思ったら、飲料の自販機とトイレ以外、何もない駅だった。上空の青空を見上げ、今日は、好天気であることを確信した後、同じ電車だったSTKさん、TKOさんと話しをして時間を潰す。
 8:45、メンバーが、予定通り集合。9:01、出発する。
[武蔵横手駅を出発]

 駅前を左右に走っている国道299号線を渡り、北上していく舗装路を歩いていく。(写真下)
 周囲は、樹高のある植林帯が続く。途中、後方から、武蔵横手駅で準備していた老若男女のトレラングループに追い越された。今日は、どこまで走るのだろうか。
[北向地蔵に向かう]

 舗装路や登山道を歩き、最短ルートで、北向地蔵に到着。(10:10)
 ここで小休止。
 北向地蔵には、下記のような説明板が立っていた。
『毛呂山町指定民俗文化財 有形民俗文化財
 北向地蔵尊          平成27年3月19日指定
 有名な「鬼押出し」(群馬県)ができた天明3年(1783)の浅間山大噴火は、その後、何年もの間、東北地方を中心に飢饉や疫病をもたらしました。
 そこで、村人たちは、悪疫の流行を防ぐため、天明6年(1786)に岩船地蔵尊(栃木県栃木市)より分身を譲り受け、岩船地蔵尊と向かい合うように建て、村の守護神としました。
 北の方を向いて立っていることから「北向地蔵」の名で呼ばれ、現在では男女の逢瀬をとり持つ縁起地蔵として、人々に親しまれています。
 基礎正面には、奉納した村人の名とともに<右白子ヨリ子ノ権現道><左横手ヨリ大山道>と道案内が刻まれています。
 北向地蔵尊は、村人を見守るとともに、信仰の道を往来する人々の安全を祈る道標でもありました。 
   平成30年1月 毛呂山町教育委員会』
 う〜む。やはり、江戸時代から歴史ある地蔵尊だった。
 「左横手ヨリ大山道」ということは、当時、ここでも、大山詣りがなされていたのだろうか。
ちょっと気になった。
 10:16、出発する。
[北向地蔵に到着] [北向地蔵]

 北向地蔵から、植林帯(奥武蔵名物と言っていいくらい)を進み、日和田山を目指す。
 まだ花粉症のシーズンには早いので、目が痒くなったり、鼻水が出るという症状は、出ていない。
 結構、すれ違う登山者、トレイルランナーが多い。
[植林帯を行く]

 目の前が広場となり、先に進むと、物見山の山頂標識の前に到着。(10:41)(写真下左)
 既に10人以上の登山者が休憩中だった。
 ここで、一人奥に進み、ちょっと先にある三角点の場所まで行ってみた。(写真下右)
 三角点は、樹林に囲まれていた。これならば、山頂標識のある場所で休憩した方がいいなと、すぐに戻る。
 反対方向からトレラン姿の若い男女5人ぐらいがやってきたところで、出発する。(10:52)
[物見山頂上に到着] [奥の三角点]

 物見山を下っていく。相変わらず、植林帯の中だ。
 車道(舗装路)に合流するように下っていくと、突然、右手が土の斜面になり、視界が広がる。
[車道に向かって下っていく]

 車道に出てフラットな道のりを進む。
 すると、右手には、大岳山が見えた。大きな山容で、奥多摩では、目立つ山だ。その左に何か白いものが見えるが、霞んでよくわからない。雲かなと思ったが、後で、富士山だと知った。
[大岳山の左に富士山が薄らと見えた]

 トイレ休憩後も車道を進む。 
 次の山は、高指山だ。ここには、電波塔があると聞いていたが、そんな塔は、見当たらなかった。(帰宅後、撤去されたことを知った)おまけに頂上に向かう車道には、柵があり、進入禁止となっていたので、高指山を諦め、日和田山へ向かう。
[高指山には、行けず]

 度々見かける道標の方向先には、「日和田山」と書かれてあるので、迷わず進んでいく。また、道標には、「奥武蔵自然歩道」と記載されてあった。
 緩やかな登りから、徐々に急になっていく。
 前方に宝篋印塔のようなものが見えてきた。人も多い。ここが日和田山頂上だとわかった。
 頂上には、まだ幼稚園児ぐらいの子供たちが7人ぐらい、保護者と共に反対側から登ってきた。結構、急ではないかと思ったが、登ってきた子供たちは、至って元気だ。
[日和田山頂上に到着] [日和田山頂上での記念撮影]

 反対側は、視界が広がり、関東平野が一望できる。とても気持ちがいい。
 標高305mというが、とてもそんなに低いようには見えない。
[頂上から関東平野を眺望]

 12:01、ランチを頂上でとった後、金刀比羅神社に向かって下っていく。

 金刀比羅神社を参拝した後、ここも山頂と同様、見晴らしがいいことがわかった。(写真下)
 ここには、眺望用の写真パネルがあり、それを見ると富士山、丹沢の大室山、蛭ヶ岳、丹沢山、大山などが見えるようだ。だが、今日は、霞んでしまい、よくわからない。だが、北向地蔵での説明板にあった大山道が身近であることが分かった。
 ここも家族連れが多く、やはり人気の山だということを認識する。
 この後、女坂を経由して下る。
[金刀比羅神社にて]

 12:26、登山口に下りてきた。ここにはトイレもある。小休止の間、今後のアクションを相談。
  ・案1:高麗まで歩き、飯能まで電車に乗り、そこからバスで宮沢湖温泉に行く。
  ・案2:ここから直接、宮沢湖温泉まで歩いていく。
 バスの時刻などを調べると、温泉に到着する時刻は、さほど変わらない。結局、案2を選択。
[日和田山登山口を出発]

 巾着田の手前を東に進んだ後、南下していく。途中で、振り返ると、日和田山が望めた。
[日和田山を望む(振り返って撮影)]

 南下していくと、平地の畑から緩やかな登りとなり、山に入っていく。
 地図を見ると、ゴルフ場の中を横断していく筈だが、陸橋の下を2ヶ所、通過しただけで、コースが全く見えない。まあ、これらの陸橋がゴルフ場のものだろうと思い、歩いていくと、下りになり、球避けのトンネル型のネットが現れた。ようやく、ゴルフ場内であることを認識。
[ゴルフ場の中を進む]

 ゴルフ場を抜けた後、尾根を一つ越えると、宮沢湖湖畔に出た。
 宮沢湖は、1941年(昭和16年)に完成したアースダムにより出来た、結構、古い人造湖だ。対岸には、建屋が見え、観光客の姿が見える。
[宮沢湖湖畔に出た]

 湖から離れ、駐車場へと緩やかに登っていくと、大勢の観光客とすれ違う。ムーミンのテーマパーク「メッツァ」目当ての観光客のようだ。
 駐車場奥のちょっと高台にある宮沢湖温泉に入る。(13:39)
 浴場内は、結構空いていて、ゆったりと過ごすことが出来た。
[宮沢湖温泉 喜楽里別邸に立ち寄る]

 その後、宮沢湖温泉前からバスに乗り、飯能駅前で反省会。
 いつものように生ビールで乾杯。
 今回は、宮沢湖温泉まで歩いて正解でしたね〜と、話しながら、生ビールをおかわり。
 [飯能で反省会]


 奥武蔵・秩父エリアは、全くの未踏エリアでしたが、この4年間ぐらいで、武甲山、伊豆ヶ岳、顔振峠、大高取山、大持山、般若山、今回の日和田山と、幾度となく歩いてきました。
 ここは、低山で、植林帯の多い山域ですが、神社や寺、史跡などが多く、歴史を感じさせる山域ゆえ、今後も訪問していきたいと思っています。

 ....以前も書いておりますが。




※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。