トップページ>他山域山行リスト>日和田・物見山_記録20241020

2024年10月20日(日) 晴 |
同行者:「山の会2」メンバー34名 |
高麗(9:28)〜(9:48)田部井淳子顕彰碑(9:52)〜(9:55)登山口〜<女坂>〜(10:29)金刀比羅神社〜(10:52)日和田山(10:56)〜(11:58)物見山(山頂標識)(13:01)〜(13:48)高指山(13:50)〜(14:39)金刀比羅神社〜<女坂>〜(15:39)登山口(15:53)〜(15:54)田部井淳子顕彰碑〜(16:10)高麗 |
奥武蔵の日和田山、物見山に行ってきました。これらの山は2020年1月以来の訪問です。今回は、10/20という田部井淳子さんの命日に「山の会2」メンバーとともに登ってきました。
詳細は、以下をご覧下さい。 |
池袋から西武池袋線の快速に乗り、飯能で乗換え、西武池袋線(まだ池袋線が正解)高麗駅に8:33到着。駅前広場には既にメンバーが集まっていて、予定通り9:00にオリエンテーション開始。本日の日和田山、物見山は、田部井淳子さんが晩年リハビリのためにご主人とよく歩かれた山であり、現在では田部井さんを慕う方々やご主人は、この命日の他、毎月20日の月命日に、この日和田山・物見山コースを歩かれていることをリーダーから聞く。
9:28、駅を出発し、日和田山へと向かう。 |
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[高麗駅] |
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住宅街を進み、9:48、駐車場の手前にある田部井淳子顕彰碑の前に到着。(写真下) 4年前に来た時、この顕彰碑は既に設置されていたのだが、全然気づいていなかった。
顕彰碑には、以下のように書かれてある。
『1975年、世界で女性初のエベレスト登頂を果たした田部井淳子さんは、その後海外の最高峰を次々と登攀、私たちに感動と勇気をくださいました。その偉業の基礎となったのが、若き日夫の政伸さんと通った日和田山の登山訓練でした。また晩年にはリハビリのために何度も訪れ、登れた喜び、生きている喜びをかみしめていたそうです。最後まで日和田山と高麗の郷を愛した淳子さんの生き方に感謝し記念プレートを設置します。
2019年10月20日 日和田山からエベレストへの道有志の会』
今日は命日という事だろうか、花束が供えられていた。 |
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[田部井淳子顕彰碑] |
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顕彰碑のすぐ先が日和田山登山口となる。
すると、ここで小学生の団体がちょうど同じタイミングで歩き始めてしまった。(写真下左) そんな訳で、この先、小学生と一緒になって登っていく。(写真下右)
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[小学生の団体と合流] |
[日和田山へ登る] |
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10:29、金刀比羅神社の二の鳥居に到着。(写真下) ここからは、神奈川県方面の展望が広がるのだが、靄っとして残念ながらはっきりした眺めではなかった。 |
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[金刀比羅神社二の鳥居にて視界が広がる] |
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金刀比羅神社の前を通り、いよいよ日和田山頂上に向かう。だが、頂上手前の急登で渋滞が発生。どうもその先の頂上が混雑しているようだ。
10:52、ようやく頂上に到着。中央に建っている宝篋印塔が高いので目立つが、その周辺は、休憩している登山者で満杯状態。(写真下) |
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[日和田山頂上] |
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頂上からは都心方面の展望がよい。ここでスカイツリーを探し始める。奥多摩や奥武蔵の山々では、すぐスカイツリーを探す癖が出てしまう。すると、ぼやけて見えているスカイツリーを発見。(写真下) |
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[スカイツリーが見えた(望遠)] |
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ラッシュ状態の頂上を後にし、すぐ次の物見山に向かう。車道を歩いたり、山道を歩いたりしながら、ゆっくりと高度を稼いでいく。
11:58、物見山頂上(山頂標識のある地点)に到着。既に我々以外の人たちが休憩中で登山者で溢れていた。ここでランチタイムとする。
食事を終え、12:40から田部井淳子さんを偲ぶイベントが始まる。まず始めにご子息の方から本日集まって戴いた御礼の挨拶の後、「東北の高校生の富士登山」についての説明があった。東日本大震災の後、福島県出身の田部井さんが被災した東北の高校生たちに日本一の富士山に登ってもらおうと始めたプロジェクトだ。これは日本一の山から東北を支える勇気と元気をもらって前へ進んでほしいとの願いからだった。高校生の自己負担は、3000円で、あとは寄付、ボランティアで実施され、今年で累計800人弱の高校生が富士山を登頂できたとの事。
その後、田部井さんのご主人からも感謝の挨拶があり、最後に歌を合唱して、解散となった。
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[物見山山頂標識前に到着] |
[田部井淳子さんの小さな遺影] |
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帰り道、トイレの手前にある茶店「ふじみや」にて登山バッチを購入。(写真下) 店の人から、「今日は田部井さんの件ですか」と質問される。10/20の命日や月命日は、地元の人にも知れ渡っているようだ。 |
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[登山バッチ「日和田山」「物見山」を購入] |
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茶店の先で右手を眺めると、独特の形である大岳山に気がついた。(写真下) 大岳山の左側には富士山が見えるのだが、今日は雲に隠れていた。 |
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[大岳山(中央)を望む(右奥は御前山)] |
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帰りは高指山頂上へ寄り道することにした。(写真下) 4年前の訪問時、縦走路から頂上に分岐している車道のすぐ先で立入禁止となっていたことを思い出す。今回は、そんな立入禁止の工事用フェンスはないので、どんどん先に進んでいく。頂上には、かつてNTT電波塔が建っていたらしいが、現在、電波塔の姿はなく、コンクリートの建屋だけが残っている。その建屋の北側に小さな広場があり、高指山の山頂標識を見つけた。(写真下) |
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[高指山に寄り道] |
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日和田山のピークを右から巻いて、金刀比羅神社の鳥居前まで戻ってきた。(写真下) 行きと違って遠景がだいぶ見えるようになり、ここからだと大山が丹沢の山並みと重ならず、独立峰として眺められる。...残念ながらデジカメでは、はっきりしなかった。 |
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[再び金刀比羅神社の二の鳥居にて] |
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だが、同行メンバーの1人が足を痛めてしまい、グループから離れ、金刀比羅神社からはゆっくり下山となる。15:20、一の鳥居を通過。(写真下)
ここまで来れば、登山口は近い。 |
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[一の鳥居] |
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15:39、グループのしんがりを歩いてきて、登山口に無事到着。ここで小休止。
待って頂いたリーダーの方々と合流し、解散となった。 |
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[登山口に降りてきた] |
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その後、高麗駅へと向かう。ホームから今日登ってきた日和田山を眺める。(写真下) だが、奥に聳える物見山はどこだろう。なだらかな稜線が続き、残念ながらよくわからない。
16:25、飯能行きの電車に乗車する。 |
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[高麗駅ホームから日和田山を眺める] |
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田部井淳子さんは、女性として世界初のエベレスト登頂を成し遂げた登山家としか知識が無かった私ですが、帰りに調べてみましたら、それ以外にも、女性として世界初の七大陸最高峰の登頂者であり、旧ソ連7000m峰5座登頂、各国の最高峰を登り続けていた人だと知りました。今日は、登山家田部井淳子さんを知る上で貴重な一日となりました。
また日和田山・物見山には、いろいろな登山コースがあり、今度は別コースで訪れてみたいと思っております。
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※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。
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