トップページ他山域山行リスト>岩戸山・鷹取山_記録20241128


岩戸山・鷹取山

 山行日
2024年11月28日(木) 晴       単独行
 コース
藤野(8:22)〜(8:45)藤野神社(8:51)〜(9:38)岩戸山(9:50)〜(10:24)小渕山(10:34)〜(11:43)鷹取山(12:13)〜(12:40)車道合流点〜<県道522号線>〜(13:09)くらご峠(13:20)〜(13:52)鎌沢入口
 相模原市に合併される前の旧藤野町時代、藤野町15名山として指定され、その後、相模原市になってからは、藤野15名山と呼ばれている山々があります。先日、何気なくこの15名山リストを見ましたら、未踏なのは、岩戸山、小渕山、鷹取山と分かりました。ということで今回、藤野15名山を踏破するためにこの3山を登ることを計画しました。
 詳細は、以下をご覧下さい。


 JR中央線藤野駅を8:22出発する。駅前で振り返ってみると、雲一つない青空が広がっている中、その下にこれから歩く稜線が続いている。(写真下)
 和田方面に続くトンネル入口直前で、右折する。その後、中央高速の下を潜り、坂道を登っていく。いきなりの急坂で息が乱れる。
[藤野駅を振り返る]

 目の前に長くて急な石段と赤い鳥居が現れた。この石段を登るのかと思ったら、すぐ先で「←岩戸山・鷹取山」の道標があり、左手に山道が分岐していた。なんだ左折でいいのかと思ったが、ここで左折すると、藤野神社はパスすることになる。先を急ぐか、それとも石段を登り続け、神社のご利益を得るかの葛藤が始まる。
 結局、まだ時間が早いという事で、藤野神社に寄り道することとした。
[藤野神社の石段]

 ハアハア言いながら、長くて急な石段を登り終えて藤野神社を参拝する。(写真下)
[藤野神社を参拝]

 やはりご利益があったと思ったのは、参拝後、振り返った時だった。遠くに丹沢の稜線が目に飛び込んできた。(写真下) すぐに焼山、黍殻山、檜洞丸、大室山の稜線だと気がついた。独立峰のような大室山が一段と大きく見える。
[焼山、黍殻山、檜洞丸、大室山など丹沢の山々]

 いい眺めだったと石段を降りて、先ほどの分岐点まで戻り、西へと進む。登山道は、送電線沿いに続いている。(写真下) だが、左右は樹林となっており、残念ながら遠くの景色は見られない状況が続く。
[送電線沿いに進んでいく]

 送電鉄塔(八ッ沢線18)に近づいていくと、なんと右手の視界が開けた。手前の植林が伐採されているようだ。お蔭で陣馬山から遠く連行峰、生藤山に連なる山々が見渡せた。(写真下)
[生藤山、連行峰、陣馬山の眺め]

 こんなに景色のいいコースがあったことを今まで全く知らなかった事に猛反省。そんな訳でどんどん西へと進んでいく。すると一旦、植林帯の中に入ったが、再び草原状態の稜線に出た。先ほどの藤野神社と同様、南側の檜洞丸、大室山方面が良く見える。また、逆光気味だったが、藤野野外環境彫刻の一つ「緑のラブレター」が見えたので、思わず撮影。(写真下)
[緑のラブレターを発見(望遠)]

 次の送電鉄塔(八ッ沢線17)を通過。先ほどから南側の光景が広がっている。大室山から西側に続く山並みが見えてきた。(写真下) 大室山の西側は、道志の山々のようだ。鳥井立、長尾、赤鞍ヶ岳と続いている。
[大室山から西側の山々]

 赤鞍ヶ岳の後方に白い山がほんの少し見えていた。(写真下) 望遠にして眺めると、どうやら富士山の頂稜がギリギリ見えているようだ。
[スレスレの富士山]

 9:38、岩戸山頂上に到着。(写真下) 頂上は樹木に囲まれ、展望がなかった。
 何やら立札があると思ったら、与謝野晶子の写真と説明文だった。説明文は下記。
『歌集「みだれ髪」や日露戦争の時に歌った「君死にたまふことなかれ」等で知られる与謝野晶子、昭和15(1940)年には病に倒れ、上野原市松留にある「依水荘」に転地療養することになりました。「依水荘」から眺める岩戸山(所在地である関野にちなんで関野山ともいう)は「寝姿山」と言われ、その方角に「揺青書屋」と名付けた自宅及び夫、鉄幹が眠る多磨霊園がありますが、自宅の屋根を関野山に例えて次の歌を詠んでいます。
 関野山青瓦の家のかがやくに似て桂川そのかたへゆく 』
[岩戸山頂上]

 10:15、さらに西へと進んでいくと、紅葉しているモミジを発見。(写真下) どうやら植林帯だけの林ではないようだ。
[紅葉に遭遇]

 10:24、小渕山頂上到着。(写真下) この頂上も展望がなかった。
 山頂標識が立っている周辺は植林帯が多いが、少し離れると紅葉した広葉樹林を見つけた。山頂では道が分岐していて、直進は小渕地区へ続く道だったが、最初そちらの方に行きそうになった。道標がなければ、間違いなく進んでしまっただろう。
[小渕山頂上]

 10:38、分岐路に出合う。左は巻道。右は尾根筋を上っている。ここは、右の尾根筋を選択。その後、3つの小ピ―クを越えるが、紅葉はそれほどでもなかった。
 10:54、ようやく巻道と合流。よく見ると。ここは5差路になっていた。鷹取山方面の道を進む。すると、その先で黄葉と出合う。(写真下左)
 11:10、紅葉に出合う。(写真下右) 黄色から赤へのグラデーションが美しい。
[黄葉と出合う] [紅葉が目立ってきた]

 11:24、上沢井への分岐点を通過。道標には、鷹取山まで15分とあった。(写真下)
[上沢井への分岐点]

 11:43、鷹取山頂上に到着。速く歩いたつもりだったが分岐点から15分では着かなかった。ザックを下して小休止とする。これで藤野15名山の踏破が完了した。
 ここでランチタイム。ベンチに腰掛け、15名山登頂を祝ってカフェオレをゆっくり味わいながら飲んだ後、周囲を見渡す。頂上には、藤野町15名山鷹取山の山頂標識・鷹取山烽火台跡の標柱が立ち、鷹取山神社の石碑や三角点があり、そして鐘が設置されていた。
[鷹取山頂上にて]

 頂上は樹林に囲まれているので360度の視界は望めないが、それでも木の間から陣馬山を望む。(写真下左) 続いて西側の扇山を眺める。(写真下右)
[陣馬山] [扇山]

 扇山の南側に視線を移すと、遠目に稜線が見える。(写真下) これは、どこ?ということで調べてみたら、左から三ッ峠山、黒岳(御坂)、本社ヶ丸だと判明。残念ながら、富士山は、ちょうど手前の樹林が多くて眺めることができなかった。
 ゆっくり休憩した後、12:13、頂上を出発する。
[三ッ峠山方面を望む]

 鷹取山頂上から北へ下っていく。途中、石祠が3体並んでいたので参拝。(写真下)
[石祠が3体並んでいた(振り返って撮影)]

 12:40、車道が見えた。(写真下) 最後の斜面は落葉と泥で滑り易く、慎重に下っていく。車道に出たら、左折する。
[車道に出た]

 車道を進み、丁字路を右折し、県道522号線を進むと、沢井入口バス停の前を通過する。(写真下) ダイヤを見たら、平日も土休日も1日2往復(午前1本、午後1本)しか運行がなく、ビックリ。
[沢井入口バス停の前を通過]

 この後は、くらご峠を目指す。県道から右折し、くらご峠に向かう角に「甲州裏街道」の文字あり。
[県道522号線を右折する]

 民家の並ぶ舗装路を地形図を見ながら登っていく。(写真下)
 [くらご峠に向かう]

 集落を抜けると、民家が消えた。その後、左に大きくカーブするところで富士山の頭を発見。(写真下)
 [富士山を発見]

 13:09、くらご峠に到着。ここには、芭蕉の句碑と説明文が建っている。(写真下左) だが、ここを芭蕉が通ったかどうかは定かでないようだ。奥にはベンチがあり、その横には「倉子峠 四ニ〇m」の標識が括り付けてあった。(写真下右)
 涼しい風が吹いている。全く人影を見かけない中、13:20、峠を出発する。
[くらご峠にて] [倉子峠の標識を見つけた]

 峠を越えて林道を下っていく。この先の鐘沢入口バス停まで歩くこととした。
 道は、殆ど水平に通じていた。そのうち、前方に遠く三角形の山が見えた。(写真下) 形から大山と思えたが、方角に全く自信が無かった。
...その後、案の定、大山であることが判明。
 [遠く大山を望む]

 やがて右手に丹沢の山々が見えてきた。袖平山、檜洞丸、大室山の3山が連なる。(写真下) やはり、大室山が大きい。丹沢の北側からでは大室山がランドマークであることがよくわかる。
 [袖平山、檜洞丸、大室山の山並み]

 バス時刻を気にしながら速足で歩く。
 13:52、鎌沢入口バス停に到着。次の藤野駅行きは、平日の場合、14:11。その前は8:36で、6時間弱、バスは運行していない。逆に14:11の次は、何故か14:52があった。
 バスは14:11、定刻通りにやってきた。
 [鎌沢入口バス停に到着]


 藤野15名山で未踏だった岩戸山、小渕山、鷹取山の3山を本日、登頂してきました。今回、岩戸山を向かう辺りで好展望が続いたのは感動的でした。やはり、山歩きは、晴れの確率が高く空気の澄んだこの季節がベストであることをしみじみと思い知りました。



※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。