トップページ他山域山行リスト>峯の薬師へのみち_記録20241210


峯の薬師へのみち 〜関東ふれあいの道14〜

 山行日
2024年12月10日(火)  晴 単独行
 コース
城山高校前(8:17)〜(8:58)三嶋神社入口〜(9:46)峯の薬師(10:16)〜(10:47)三沢峠〜(10:51)榎窪山〜(11:03)三沢峠(11:17)〜(12:17)梅ノ木平〜(12:52)高尾山口
 昨日、関東ふれあいの道13を歩きましたが、今回は、その続きで関東ふれあいの道14(峯の薬師へのみち)を歩いてきました。なお「峰の薬師」の名称ですが、今回歩いてみて現地では「峯の薬師」が使用されてましたので、今回この文字に統一しています。
 詳細は、以下をご覧下さい。


 関東ふれあいの道13のゴールと14のスタート地点は同じ城山高校前バス停となっている。ということで、昨日、このバス停で乗車したが、今日は、同じバス停にて下車。(写真下) だが、バスから降りた瞬間、滅茶苦茶寒いことに気がつく。昨日の陽が落ちる頃と比べて、格段の温度差がある。その理由は冷たい風だと分かった。昨日は無風だったが、今日は肌を刺すような風が吹いていた。
 8:17、出発する。
[城山高校前バス停]

 左に水の苑地を見下ろす。(写真下) その奥には津久井湖が見渡せる。だが、風が冷たく、立ち止っていられない。先を急ぐ。
[津久井湖城山公園 水の苑地]

 水の苑地を過ぎ、車道を進むと、左に関東ふれあいの道の説明板を発見。(写真下)
『城山町中沢の小字名
 明治初期、地元の安西要五郎が、里見八犬伝の玉の名前にちなんで、「仁・義・礼・智・孝・忠・信」の小字名を付けたと伝えられ、全国でも珍しい小字名とされています。 環境庁・神奈川県』

 ネットで調べてみたら、明治初年「地租改正」の時、各村では地域を測量して地図を作った。その時、当時の三沢村村長、安西要五郎が南総里見八犬伝の八つの玉から選んだと伝えられ、中沢の地名では、「悌」がなく7つとなっている。(城山エコミュージアム通信 平成27年(2016)12.15 第26号より)
...何故、悌がないのかが気になる。8つに分けられなかったのだろうか。
[城山町中沢の小字名]

 上り坂の車道をひたすら歩いていく。右上から車の走行音が聞こえると思ったら、圏央道が走っていた。三嶋神社の鳥居を右に見た後、さらに西へと進む。
 すると、左手前方の三角形の独立峰、大室山に気がつく。この山は、南側からの眺めだと目立たないのだが、北東側からだと三角形となり、とても目立つ山だ。よく見ると、その後方に富士山の白峰がチラッと見えていた。(写真下)
[富士山の白峰に気がついた]

 左を見たら、なんと丹沢の山並みが一望できた。(写真下) 山の形からして本間ノ頭、蛭ヶ岳、黍殻山などが分かった。
[丹沢を一望する]

 県道513号線から外れ、右手の坂道を登っていく。すると峯ノ薬師の東参道口の石柱が立っている。(写真下左) その奥に関東ふれあいの道の案内板を見つけた。(写真下右) スタート地点・ゴール地点以外で立っているのは珍しい。
[東参道口の石柱] [関東ふれあいの道の案内板]

 参道を歩いていくと、いつの間にか民家がなくなり、樹林帯の中の道となる。(写真下)
[参道を行く]

 9:46、広場に出た。ここは?と思ったら、今年9月に訪問した峯の薬師の事務所前の広場だった。(写真下左) ここに出てくるのかと、少し進んで左手に「姿三四郎決闘の場」の石碑を見る。前回来た時、見落としてしまった石碑だ。小説上の決闘の場所なのに石碑が建っていると、あたかも史実のように思えてしまう。
[広場に出た] [姿三四郎決闘の場の石碑]

 次に北側に進み、薬師堂に向かう。鐘撞堂の横を通る。(写真下)
[鐘撞堂]

 鐘撞堂の横に真っ赤に紅葉したモミジに遭遇。思わずカメラで撮影。(写真下)
[紅葉したモミジに遭遇]

 紅葉したモミジを撮影後、峯の薬師(薬師堂)に到着。(写真下) 参拝する。
[薬師堂]

 ここにも紅葉したモミジあり。その向こうに城山が見えた。(写真下)
[城山と紅葉と津久井湖]

 さらに北上していくと、峯の薬師奥の院の前に出る。(写真下) 鉄筋コンクリート建屋のようだ。前回、反対側から通った時は、この建屋を殆ど見ておらず、通り過ぎてしまった。
[奥の院]

 未舗装路を歩いていくと電波塔横を通るようになる。1基、2基、3基と撮影しながら進んでいく。これらが、昨日、城山から見えた電波塔群だ。
[1基目] [2基目] [3基目]
 
 4基目を撮影しようとしたが、道なりを歩いてしまい、近づく前に三沢峠に着いてしまった。道標と関東ふれあいの道の石柱を見る。(写真下左) また、関東ふれあいの道の案内板がここにも設置してあった。(写真下右) これらを撮影後、4基目の電波塔撮影のために榎窪山へ戻る様に登っていく。
[三沢峠にて] [関東ふれあいの道の案内板]

 10:51、榎窪山到着。周囲は樹林で展望は無く、目立つピークではない。(写真下) 少し南側に4基目の電波塔が建っているのでそちらに向かう。
[榎窪山]

 4基目の電波塔を撮影する。(写真下) 周囲が樹林帯なので、電波塔の周りをウロウロしていたら、すぐ先に三沢峠に向かう分岐点に出た。こんなに近かったなら、最初から電波塔に寄り道すればよかったと後悔。この後、先ほど通った三沢峠への下り道を再度進む。
[4基目]

 11:03、再び三沢峠に到着。(写真下) ここで小休止。この三沢峠は、5差路になっている。@峯の薬師、A大垂水峠(巻道)、B大垂水峠、C梅の木平、D草戸山(榎窪山)の5つだ。@からやってきて、Dで榎窪山に行き、再び@で戻り、今度はCに向かうことになる。
[再び三沢峠に到着]

 一本道の林道をリズムよく下っていく。周りは植林帯が多い。すると、目の前に東屋が見えてきた。(写真下)
[東屋を発見]

 東屋の先に関東ふれあいの道の案内板が立っていた。(写真下) 内容は、神奈川県のものではなく、東京都の関東ふれあいの道の案内板だ。ちょうど、この梅の木平〜三沢峠間は、神奈川県と東京都の双方のコースとなっている。
[林道をテクテク歩く]

 11:41、林道にクサリが張られてあった。振り返ると、車両通行止めの貼り紙を見る。ここから先は、車両通行禁止ではないようだ。
 その1分後、高尾グリーンセンター前に出た。(写真下) ここで地図で現在位置を確認。なんと、この真下に圏央道(相模原八王子トンネル)が通っていることを知る。
[高尾グリーンセンター(振り返って撮影)]

 榎窪川沿いの道を歩いていくと、民家が現れた。ようやく国道20号線に近づいたようだ。
 12:14、国道20号線に出た。振り返ると、峯ノ薬師北参道口の石柱を見る。(写真下) この石柱が立っているということは甲州街道からも峯の薬師に参拝する人が多かったということなのだろう。
[峯ノ薬師北参道口の石柱(振り返って撮影)]

 12:17、国道20号線を渡り、ゴールの梅の木平バス停に到着。(写真下) これで関東ふれあいの道14は、終了だ。バスダイヤを見たら、12:11の八王子駅北口行きが行ったばかりだった。知っていれば、急いだのだが、後の祭。ここは、1日3便しかない運行だった。まあ当初から高尾山口駅まで歩くつもりだったので、計画通り出発する。
[梅の木平バス停]

 国道20号線を歩く。途中、歩道橋の上から圏央道の高尾山ICを見る。(写真下)
[圏央道の高尾山IC]

 途中、ケーブルカーの清滝駅に寄り道する。今日は金曜日だが、観光客が目立つ。
 12:52、高尾山口駅に到着。(写真下) こうして無事帰路についた。
 [高尾山口駅に到着]


 今回、神奈川県の関東ふれあいの道の最北端、東京都八王子市の梅の木平までやってきました。この後の関東ふれあいの道15、16、17は、再び丹沢エリアに戻ることになります。



※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。