トップページ>他山域山行リスト>高川山_記録20250105

2025年1月5日(日) 晴 |
同行者:「山の会」メンバー 7名 |
初狩(10:23)〜(10:42)登山口(10:47)〜(10:52)沢コース分岐点〜<男坂・女坂>〜(11:19)男坂・女坂分岐点〜<女坂>〜(11:32)沢コース合流点〜(11:53)男坂合流点〜(12:11)高川山(12:57)〜(13:08)中谷入分岐点〜(14:03)むすび山分岐点〜(14:27)車道合流点〜(14:58)田野倉 |
高川山は、2013年1月以来の訪問です。前回初めて登った時も1月でしたが、偶然ながら今回も1月訪問となりました。
詳細は、以下をご覧下さい。 |
集合場所の中央線初狩駅に予定よりもだいぶ早く着いてしまった。ホームの待合室が暖かいと思ったがそうでもない。そこで日の当たる駅前広場でGoogleマップを見ていたら、「山本周五郎生誕之地」石碑を発見。ここから意外と近いので国道20号線沿いを歩き、訪問。(写真下)
山本周五郎は、1903年(明治36年)6月22日、この山梨県北都留郡初狩村(現:大月市初狩町下初狩)に生まれたという。...「樅ノ木は残った」「日本婦道記」等が思い出され、感慨深い.。好きな作家の1人。 |
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[山本周五郎生誕の碑] |
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集合時刻が近づいてきたので再び初狩駅前に戻ってきた。(写真下) 下り中央線が到着して、メンバーが集合。
10:23、駅前を出発する。 |
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[初狩駅前にて] |
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12年前に歩いたルートだったが、全く覚えていなかった。初めて歩くような印象だ。
10:42、登山口に到着。(写真下) ここには駐車場とトイレが用意されている。 |
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[登山口に到着] |
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10:52、沢コースとの分岐点を通過。ここで、確か前回は、沢コースを歩いたことを思い出した。だが、今回は、女坂を登ることに。ということで、まず男坂・女坂コースを選択。植林帯と葉を落とした自然林の中を黙々と一列になって登っていく。(写真下) |
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[樹林帯の中の登り] |
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11:19、男坂との分岐点を通過。(写真下) ここで右手の女坂を進む。
ちなみに北西側斜面を登っているので、途中、富士山は全く見えていない。山頂付近まで行かないと富士山の光景が分らないのが、このルートの楽しみとなっている。 |
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[男坂コースとの分岐点] |
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11:32、沢コースと合流。続いて11:53、男坂と合流。この辺りは、冬枯れの木立の中、登りが延々と続く。12:00、富士山の姿がチラッと見えた。だが、手前に密な樹林があるのでハッキリした姿は分らない。だが少なくとも姿全体が雲に隠れていないことは確かだ。これは期待できそうと思えた。
12:04、左右にササ原が目立ち始める。(写真下) 頂上に近づいたようだ。 |
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[ササ原が現れた] |
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12:11、高川山頂上に到着。(写真下) 既に他の登山者が休憩中。ここでランチタイムとする。楽しみだった富士山の光景だが、手前にちぎれ雲が多数浮かんでいる。時間が経てば、雲の位置が変わっていきそうなので無理に撮影せず。
このあと、ビッキーに関するものが何かないか山頂の周りを探してみる。ビッキーとは、この高川山に約10年、住み着いていた雑種の雌犬で、登山者にとても親しまれていたのだが、残念ながら平成22年(2010)10月に旅立ってしまった。旅立って3年弱経っていた前回訪問時には、ビッキーの新聞記事の貼紙や木箱のようなものがまだ残されていた。だが、現在では、もうビッキーの面影を残すようなものは見当たらなかった。 |
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[高川山頂上に到着] |
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ランチ終了後、全員で記念撮影。(写真下) 富士山を背景に入れたのだが、逆光でイマイチの画像となってしまった。 |
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[頂上での記念撮影] |
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さあ出発という段階になって、富士山周辺の雲が消えたので撮影。(写真下) さすが大月市秀麗富嶽十二景の一つと言える眺めだ。 |
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[富士山周辺の雲が消えた] |
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下山は、富士急田野倉駅に下る。頂上を出発すると、急な下りが続く。12年前もこのルートを下ったのだが、こんなに急だったことは忘却の彼方。 |
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[急な下りが続く] |
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急斜面の下りで固定ロープが現れる。(写真下) |
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[ロープが設置してある急な下り] |
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考えてみたら12年前なので、今と違って膝痛とは無縁な頃だ。それゆえ、この程度の下りならば、印象が薄かったのかもしれない。 |
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[岩が大きく、段差のある下り] |
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14:03、むすび山分岐点を通過。(写真下) ここで、大月に続く尾根筋から外れる。 |
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[むすび山分岐点] |
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14:06、弁慶岩の前を通過。(写真下) この岩は記憶に残っていた。やはり、12年前と同じルートを下っていることに確信を持った。
余談ながら、なんで弁慶岩と名が付いたのか、帰宅後調べてみたら、義経一行が奥州に逃れるため大月を通過する際、弁慶が頼朝による義経追討軍に対し、岩殿山から大石を投げたという。それが高川山の中腹に落ちた結果、追討軍は進むことを躊躇し、義経一行は奥州に逃れることができたとの事。どうもその大石を指しているようだ。
...山梨県で義経伝説とは珍しいのでは? |
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[弁慶岩にて] |
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右下にリニア新幹線が見えた。(写真下) 樹林の間から望遠で撮影。 |
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[リニア新幹線を眺める] |
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14:27、車道に合流。(写真下) この後はフラットな車道歩きとなり、田野倉駅へ。 |
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[車道に出た] |
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だが、長閑な住宅街でメンバーとの話に夢中になって、右折すべき地点を見過ごし、引き返すハメに。14:58、ようやく田野倉駅に到着。(写真下) |
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[富士急田野倉駅に到着] |
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田野倉駅ホームで、大月行きの電車を待っている間、富士山が見えていることに気がつき、逆光だったが、思わず撮影。(写真下) |
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[田野倉駅ホームから富士を眺める] |
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高川山の頂上からの富士の眺めは、個人的には気に入っている光景の一つです。今回、眺めることができて幸いでした。ですが、ビッキー関連が何も残っていなかった事にちょっと物寂しい心持となりました。 |
※山行時間には、撮影時間を含んでおりますので、ご注意下さい。
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